引橋

Pocket

三浦市観光協会 📞046-888-0588
お問い合わせの際「エンジョイ三浦半島」を見たと伝えて頂くと幸いです。

三浦一族歴史巡り 12
横須賀市の衣笠城を中心にして栄えていた三浦一族は、三浦義澄の孫泰村が時の執権北条時頼と仲たがとなり、いわゆる三浦の乱がおこり、一族は滅びましたが、義澄の弟佐原十郎義蓮の糸統が残っていて、その孫盛時から八代目の時高が永享10年(1438)荒井城を油壺に構築し本拠を三浦に移しました。
この時高は世継ぎのの問題から養子の義同と争い、明応3年(1494)荒井城で自殺するに至ったが、新しく三浦の城主となった義同は当時小田原城を根拠とした北条早雲の勢力と対決、中郡の岡崎城逗子市小坪の住吉城を各支城で敗退、最後のたのみを荒井城に託して守りを固めました。ここ引橋はその時の大手、つまり外敵防御の第一線であったといわれ、谷間に橋を掛け渡し、適が攻め寄せてきたとき、その橋を引いて防いだところから引橋の地名がおきたと伝えられています。

白秋文学コース 1 
引橋の茶屋のほとりをいそぐとき
ほとほと秋は過ぎぬと思ひき
山峡に橋を架けむとかがやくは
行基菩薩か金色光に

三崎における白秋足跡の北限がこの引橋です。このあたりは三浦一族の居城「荒井城の要害」北条早雲とのたたかいに橋を引いて敵の侵入を防いだといわれ、3年にも及ぶ凄惨は攻防戦の故事にちなみ、引橋の地名がいまに残っています。
以前橋のたもとはには名物の茶屋が振るまいを見せ、街道をまたく見事な藤棚や、左右の渓の紅葉し遙かな相模富士の美しい景観で、三浦の名所の一つとして知られていました。

茶屋は引橋 藤の花盛り
娘ざかりは 来て三崎
白秋は俗謡「沿海雑曲」一節でこう詠んでいます。
白秋文学コースへ戻る

引橋周辺

基本情報
住所 神奈川県三浦市三崎町小網代
TEL 三浦市観光協会0468-88-0588
営業時間 自由
定休日 なし
駐車場 なし
アクセス 京急三崎口駅より京急バス「松輪入口」下車徒歩約3分
横浜横須賀道路「衣笠IC」より三浦縦貫道「林出口」経由約20分

三浦観光スポットへ戻る 史跡・記念碑へ戻る 白秋文学コースへ戻る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

前の記事

和田城址

次の記事

スランプ構造