中島三郎助招魂碑

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文化スポーツ観光部文化振興課📞046-822-8116
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明治24年、彼を追慕する浦賀の有志によって建てられたもので、篆額(てんがく)は当時の外務大臣・榎本武揚によるものです。
愛宕山公園は、この碑の建立の際に整備された。
中島三郎助
明治2年(1869)5月、旧幕府軍と新政府軍の最後の戦いが函館郊外の五稜郭近くで行われた。この戦いで浦賀奉行所与力、中島三郎助親子は戦死した。三郎助の23回忌にあたり、彼の功績と名誉を浦賀の町に末永く残すことを目的に、彼とともに激動の明治維新期を生きた友人、知人たちによって建てられたのが中島三郎助魂碑である。碑の篆額は三郎助と公私ともに親交があり五稜郭で共に闘った榎本武揚が記し、激動の時代を象徴するような彼の人生を表したのは当時の外務官僚の田辺太一である。また、この碑の除幕の日、初代中央気象台長であった荒井 郁之助の発案で、三郎助の意思を継いだ近代造船所を浦賀の地で開業することが決定した。

基本情報
住所 神奈川県横須賀市西浦賀町1-23
TEL 環境政策部公園管理課    046-822-8333
営業時間 見学自由
休園日 なし
料金 入園無料
面積
主な施設 トイレ
駐車場 なし
アクセス 京急浦賀・久里浜駅より京急バス「紺屋町」下車徒歩約3分。

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