岩野泡鳴の詩碑

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環境政策部公園管理課 📞046-822-8333
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田戸に山崎、また堀の内、走り水にも、また大津にも、春のうしほは 朝ゆふ寄せて、けむる霞の 奥より見ゆる、淡き猿島、島とは云へど、田戸のおやぢが 巣にこそ似たれ。

                             ・・・「田戸の海ぬし」から

岩野泡鳴は明治6年1月12日、兵庫県淡路島の洲本町(現在は市)に、旧阿波藩士の父直夫と母さの長男として生まれた。
本名は美衛(よしえ)。著名の泡鳴は生地阿波の鳴門をもじったものである。島崎藤村、田山花袋、徳田秋声、正宗白鳥と並ぶ自然主義文学の五大作家の一人。
明治23年、黒木田独歩らと「文壇」を創刊、これに新体制を発表したり、与謝野鉄幹ら「明星」に参加して詩作と詩論に積極的な活動をするなど、詩人としてスタートしたが、明治39年処女小説「芸者小竹」を発表してから、次第に小説の数が多くなる。
泡鳴は生涯に5冊の詩集を出したが、「田戸の海ぬし」が収録されている。「非志非歌」は明治38年刊行されたもので、その第3詩集にあたる。
「田戸の海ぬし」は、田戸の海坊主といわれる老爺の猪之助という漁師とそれを取り巻く情景を、俗謡風の語を用いて、七七調で歌ったものである。また同年泡鳴は、この辺りを題材とした瞑想詩劇「海堡技師」を発表しており、この地とは文学的かかわりが深い。

 代表作としては、小説に「耽溺」「発展」「毒薬を飲む女」「放浪」「断橋」、評論に「神秘的半獣主義」、詩集に「闇の盃盤」などがある。大正9年5月9日、腸の穿孔と腹膜炎のため逝去、享年48歳。死の直前医師に、「これからいいものを書くぞ」と語気強く語ったという。
「石碑横、横須賀市案内板より抜粋」

基本情報
住所 神奈川県横須賀市深田台59番地
TEL 環境政策部公園管理課 046-822-8333
営業時間 見学自由
料金 無料
主な施設 トイレ
駐車場 あり 
アクセス 京急横須賀中央・JR横須賀駅より京急バス「文化会館前」下車徒歩約5分

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